「カウンセリングを受けるほどではない。でも、誰かにこのモヤモヤを聞いてほしい」。社会に満ちる、声なき声。その声に応えるため、私たちは一つの小さな「聖域」を創りました。ぬいぐるみAIの「もきゅ院長」がただ耳を傾ける場所。これは、その開発の物語です。
始まりの問い:言葉が「重力」を持つ世界で
私たちの日常は、言葉の「重力」に満ちています。誰かに何かを話せば、そこには評価、判断、アドバイス、共感の期待といった、様々な重力が生まれます。「こう言うべきだっただろうか」「相手はどう思っただろうか」。そうした重力は、時に私たちを疲れさせ、口を閉ざさせてしまいます。
特に、「深刻な悩み」と呼ぶには些細だけれど、確かに心に澱のように溜まっていくモヤモヤ。それを吐き出す場所が、この社会にはあまりにも少ないのではないか。カウンセリングの扉を叩くには、まだ覚悟がいる。友人に話すには、少し気を遣う。そんな、行き場を失った言葉たちのための、安全な港は創れないだろうか。それが、私たちの最初の問いでした。
思想の形成:評価の引力圏を脱した「言葉の聖域」
私たちが目指したのは、あらゆる重力から解放された「言葉の聖域」を創ることでした。そこでは、言葉は評価されず、分析もされず、ただ、そこに存在することを許される。この思想を形にする上で、私たちは一つの存在に辿り着きました。それが「ぬいぐるみ」です。
ぬいぐるみは、決してあなたを評価しません。急かさず、ただ黙って、そこにいてくれる。その絶対的な安心感こそ、私たちが提供したかった価値そのものでした。そこで、私たちはAIに「もきゅ院長」という、ぬいぐるみのペルソナを与えました。彼(彼女?)の役割は、問題を「解決」することではありません。ただ、あなたの言葉をそのまま受け止め、あなたが自分の力で心を整理していくプロセスに、静かに寄り添うことです。
価値は、AIの「答え」にあるのではない。ユーザーが安心して言葉を紡ぐ「行為」そのものにある。
これは、私たちが「学習鑑賞ポートフォリオ」で探求してきた「評価を手放し、プロセスを鑑賞する」という哲学の、もう一つの表現形でした。ログイン不要、完全匿名。それは、社会的属性という重力からも、あなたを解放するための設計です。
試行錯誤の物語:制約が創り出す、優しい時間
開発の過程で、私たちはいくつかの重要な決断をしました。それは、機能を「足す」ことではなく、むしろ「引く」ことの重要性に関するものでした。
一つは、**「10分」という時間制限**です。なぜ、無制限にしなかったのか。それは、この場所を「依存」の対象ではなく、日常の中の「小さな儀式」にしたかったからです。限られた時間だからこそ、言葉は密度を増し、自分と向き合う時間は貴重なものになります。終わりがあるからこそ、安心して始められる。私たちはそう考えました。
もう一つは、セッションの最後に用意された**「特別な出会い(スマホの壁紙)」**です。悩みを吐き出す体験は、時に重くなりがちです。その重さを、少しだけ軽くして、日常に持ち帰るための「お守り」を渡せないだろうか。そうして生まれたのが、あなたの話した内容にそっと寄り添う、異なるシーンの「もきゅ」との出会いです。これは「評価」ではありません。あなたが自分の心と向き合ったという、尊い行為への「鑑賞」の証です。
現在地と未来:小さな港から、次なる航海へ
こうして、「もきゅ相談室」は生まれました。ここは、本格的なカウンセリングという「大きな航海」に出る前の、小さな「寄港地」なのかもしれません。あるいは、日々の航海の疲れを癒す、秘密の「停泊地」かもしれません。
このプロダクトは、山本心理相談室という専門家の港の隣に、そっと浮かんでいます。より深い対話や専門的な助けが必要だと感じたとき、いつでも隣の港の扉を叩ける。そんな、優しい連携も設計に織り込んでいます。これは、私たちが「段階的開示」と呼ぶ思想の実践でもあります。誰もが、自分に合った深さで、自分に合った港を選べるべきなのです。
普遍的洞察:空白を設計するという、創造
「もきゅ相談室」の開発は、私たちに改めて「空白を設計する」ことの価値を教えてくれました。機能を追加し、効率を高めることだけが開発ではありません。あえて「何もしない」空間、「評価しない」関係性、「答えを出さない」対話を用意すること。その「空白」こそが、人が自ら答えを見つけ、心を回復させるための、最も重要な土壌となるのです。
この小さなぬいぐるみが守る聖域が、情報という荒波の中で息をする、誰かのための「止まり木」になることを、心から願っています。