私たちは、知らず知らずのうちに、社会や他人から与えられた「役割」を演じて生きていないだろうか。親、子、上司、部下、そして「善人」や「悪人」。漫画『野生のラスボスが現れた!』は、その最も強固な役割の一つである「ラスボス」が、定められた運命から解き放たれたらどうなるか、という壮大な思考実験だ。これは、すべてのレッテルを剥がし、ただの「個」として生きる自由を謳歌する物語である。
「ラスボス」が、野生に還る時
物語の主人公は、かつてゲームの世界で「黒翼の覇王」として君臨したラスボス、ルファス・マファール。しかし、彼女はもはや世界の敵ではない。予測不能な「野生」の一個体として、再びその世界に降り立つ。本作を鑑賞する上で最も痛快なのは、この「役割」からの解放だ。
世界は、彼女を「ラスボス」として警戒し、英雄たちは彼女を討伐しようと躍起になる。しかし、彼女の行動は、彼らの予測をことごとく裏切っていく。その姿は、周囲が押し付ける「あなたらしさ」という名の檻を、圧倒的な力で破壊していくようで、不思議な爽快感がある。
私はもはや、誰かの物語の「最後の敵」ではない。私は、私自身の物語の主人公だ。
力は、役割を定義しない
ルファスは、世界を滅ぼすほどの力を持つ。しかし、その力は、彼女を「悪」とは定義しない。本作が巧みなのは、その強大な力を、世界の謎を解き明かしたり、かつての仲間を助けたりと、全く異なる文脈で使っていく点にある。
これは、力そのものに善悪はなく、それを使う者の「意志」こそがすべてである、という本質を鑑賞させてくれる。私たちは、他人の持つ能力や肩書きで、その人を判断してしまいがちだ。しかし、本当に見るべきは、その人がその力を「何のために」使おうとしているのか、その魂の方向性なのだ。
ジャンルのお約束を、華麗に裏切る喜び
「ラスボスは悪」「勇者は正義」。そんなファンタジーの「お約束」を、この物語は次々と破壊していく。かつて勇者だった者が敵として現れ、魔族や獣人といった、かつての配下たちが、誰よりも人間味あふれる仲間となる。
このジャンルの脱構築は、私たちに、物事を多角的に見ることの重要性を教えてくれる。正義の反対は、また別の正義かもしれない。悪とされた者にも、守りたいものがあるのかもしれない。当たり前だと信じていた価値観を疑い、自分自身の目で世界を「鑑賞」すること。その知的な喜びに、この物語は満ちている。
あなたの「役割」を、脱ぎ捨ててみませんか?
もし、あなたが「〇〇であるべき」という役割に息苦しさを感じているなら、この物語は、解放への扉を示してくれるだろう。一度、その重い鎧を脱ぎ捨て、「野生」の自分になってみたら、世界はどう見えるだろうか。あなたが「ラスボス」だと恐れているその力は、実は、世界を全く違う形で豊かにする、未知の可能性を秘めているのかもしれない。