物語は、時に、私たちが信じる「正義」の概念を、その根底から揺さぶってきます。ヒーローは、必ずしも清廉潔白である必要はないのかもしれない。圧倒的な力で、問答無用に悪を破壊する。そんなアンチヒーローの姿に、私たちは何を思うのでしょうか。今日、光を当てたいのは、そんな破壊神の物語、『ブラックアダム』です。
5000年の眠りから目覚めたブラックアダム。彼が持つのは、神々の力と、奴隷として虐げられた過去への怒り。彼は、現代のヒーローたちが掲げる「ルール」や「理想」を意に介さず、自らのやり方で故郷を守ろうとします。
ヒーローは人を殺さない? そんな理想は、支配され続けた者たちには通用しない。この物語は、結果のために手段を選ばない、という歪んだ、しかし純粋な正義の形を私たちに見せつけます。
「プロセス」を破壊するアンチヒーロー
一般的なヒーロー物語では、主人公が困難なプロセスを経て、正義を成し遂げます。しかし、ブラックアダムはそのプロセスを、圧倒的な力で省略し、破壊します。話し合いも、駆け引きも、葛藤もない。ただ、悪を滅するのみ。私たちが「鑑賞」すべきは、この爽快なまでの「プロセス無視」の姿勢です。
彼の行動は、現代のヒーローチーム「ジャスティス・ソサエティ」の理念と真っ向から対立します。この対立を通して、物語は私たちに問いかけます。理想論を掲げるだけの正義に意味はあるのか。時には、力による支配こそが必要なのではないか。その答えは、簡単には出せません。
なぜ今、この物語に触れるべきなのか
複雑化し、きれいごとだけでは済まされない問題が山積する現代。そんな時代だからこそ、ブラックアダムの持つ、ある種の単純明快な哲学は、一種のカタルシスを私たちに与えてくれます。
もちろん、彼のやり方を全面的に肯定することはできません。しかし、彼の存在は、私たちが自明のものとして受け入れている「正義」や「ヒーロー」のあり方に、新たな視点を提供してくれます。物事を多角的に見るための、刺激的な一作と言えるでしょう。