ケーススタディの要点― 3分で読む ―
PROJECT OVERVIEW
- 期間 2019年〜現在(6年間継続中)
- 課題 「評価疲れ」による心理的安全性の喪失
- 解決策 「評価」ではなく「鑑賞」を軸としたシステム
CORE VALUE
- 心理的安全性の高い「聖域」の創出
- 完全な対等性の保証(横並びの関係)
- 確実な「一対一のまなざし」の実装
PRODUCTS BORN
The Fog:出口の見えない霧
「私自身が、評価によって人生を脅かされ、心身ともに害されてきました」
これは、私たちの旅の始まりであり、この灯台が灯された理由のすべてです。親から、学校から、社会から。無数の「評価」という名のナイフが、どれほど多くの心身を傷つけ、可能性の芽を摘んできたことか。それは、遠い誰かの話ではありません。かつての私であり、今この瞬間も、教室の片隅で、オフィスのデスクで、あるいは家庭の中で、息を殺している「あなた」の物語なのかもしれません。
私たちは、いつの間にか「評価疲れ」の社会に生きています。
- 学校では、入学難と試験地獄の中で、子どもたちは「学ぶ喜び」を忘れ、人間不信が渦巻く「小さな大人社会」を生きています。成績という一面的な物差しが、彼らの持つ無限の個性や価値を否定し、「自分はダメな人間だ」と思い込ませてしまう。
- 職場では、1on1が形骸化し、上司からの評価を恐れるあまり、誰もが挑戦を避ける「指示待ち」の空気が蔓延しています。心理的安全性は失われ、本音の対話は生まれません。
- そして家庭では、特にホームスクーリングを選ぶ親子が、「親が評価者になる」という愛情深いゆえの葛藤に苦しんでいます。「客観的に見れているだろうか」「この子の成長を、本当に信じてあげられているだろうか」と。
この根源にあるのは、人を点数や成果で測り、序列化する「評価」という名の、冷たいまなざしです。私は、この霧を晴らすための航海に出ることを決意しました。
Our Dialogue:対話による航路発見
出口を探す長い旅の中で、私は一人の教育思想家、牧口常三郎の言葉に光を見出しました。彼が説いたのは、国家のための画一的な教育ではなく、一人ひとりの子どもが幸福な人生を創造するための「価値創造の教育」でした。それは、テストの点数では測れない、人間としての「善さ」を互いに見出し、共存の幸せを享受していくという、人間教育の原点でした。
その思想は、現代社会が失いかけている一つのシンプルな行為へと、私を導きました。それが「鑑賞」です。
鑑賞とは、結果だけでなく、そこに至るプロセスに敬意を払い、その人ならではの工夫や挑戦、あるいは苦悩や戸惑いまでもを、温かいまなざしで味わい、価値を見出す行為です。
しかし、この繊細な「鑑賞」を、どうすれば現代の教室やチームに実装できるのか。多くの人が「SNSのようなものを作ればいい」と言いました。しかし、私は断固としてそれに反対しました。なぜなら、「いいね」は新たな評価を生み、「返信」は声の大きい者の同調圧力を生むからです。それらは本質的な対話を阻害するノイズに他なりません。
私が必要としたのは、評価から完全に解放された、心理的安全性の高い「聖域」でした。そのために、二つの絶対的なルールを設計しました。
- 完全な「対等性」を保証すること。全員が横並びで、誰の評価も気にせず自分の言葉を紡げます。
- 確実な「一対一のまなざし」を実装すること。自分の記録が、必ず誰か一人の真剣な読者に見守られ、そして自分もまた、誰かにとっての唯一の鑑賞者となります。
The Lighthouse's Beam:灯台の光
この二つのルールを心臓部として、私たちの思想は、ついに具体的な形となりました。それが「鑑賞ポートフォリオ」という、三つの灯台の光です。
- 学校へは、「学習鑑賞ポートフォリオ」を。評価の時間を、生徒一人ひとりの「学びの物語」を発見する、喜びに満ちた時間へと変えるために。
- 職場へは、「仕事鑑賞ポートフォリオ」を。マネージャーを「評価者」から、メンバーの挑戦を照らす「最高の鑑賞者」へと解放するために。
- そして家庭へは、「ホームスクーリング学習鑑賞ポートフォリオ」を。親を「評価者」の重圧から解放し、わが子の学びを純粋に喜び、伴走する「最高のパートナー」へと変えるために。
そして、これら全ての光が集う場所として、社会全体で学び合う「Gakupo University」が生まれました。
三つの光がもたらす、共通の価値
これら三つの灯台の光は、照らす海(教育、仕事、家庭)は違えど、共通して三つの価値ある変化をもたらします。
鏡として
現状を客観的に映し出し、自己理解のきっかけを与えます。
航海日誌として
挑戦のプロセスそのものを、価値ある成長の記録として可視化します。
羅針盤として
次の一歩を踏み出すための、具体的な行動の指針を示します。
A New Dawn:新しい夜明け
この小さな灯台の光は、静かに、しかし着実に広がり始めています。
ある中学校では、これまで発言できなかった生徒が、アプリ上で見事な考察を綴り始め、クラス全体がその子の隠れた才能に驚きました。ある企業では、形骸化していた1on1が、「鑑賞ポートフォリオの記録を元にした、未来を語る対話の時間」へと劇的に変化しました。
あるホームスクーリングの家庭では、母親が子どもの学習記録に「評価」ではなく「鑑賞」のコメントを書き始めた日から、子どもが自ら「お母さん、今日こんなこと発見したよ!」と、目を輝かせて学びを語り始めたそうです。母親は言います。「私は、評価者であることをやめて、ようやく、この子の学びの最高のファンになることができました」と。
これらは、特別な奇跡ではありません。「評価」という冷たい霧が晴れた時、誰もが本来持っているはずの、温かく、知的な光が、自然と輝き始めただけなのです。私たちの旅は、まだ始まったばかりです。